07


カウンター越しにお互いを刺すような言葉を投げ合う恋人達を通り過ぎて、凜子はいつものカウンター席で一人、つまらなそうにコーヒーを口に運ぶ鯨真の隣に座った。
「ねぇ、何あれ?」
「見れば分かるでしょ、凜姉。ツユキと蜂散さんが喧嘩してるの」
言い合う声はここまで聞こえてくるほどで、普段大人しいツユキがあんなに強い口調なのは珍しい。
言い返す蜂散の顔も見たことないくらい厳しくて、ひどい状況なのがよく分かる。
「あいつらいつも仲良いのに。何があったんだ?」
鯨真が蜂散を睨むように見た。触れれば切れるような鋭い目線。おかげで簡単に状況が読めた。
やれやれ、またか。
「お前、また蜂散の前でツユキに手ェ出したんだな」
目の先の標的を変えないまま、鯨真はだって、とでも言い出すみたいに口を尖らせた。
「別に俺は手なんて出してないよ。ただツユキに抱きついただけ。それだけ」
「どうせ蜂散の目の前で、だろ?」
呆れたあたしの言葉に、ふてくされて頬杖をつく鯨真は答えない。無言の肯定。
「それを手ェ出したって言うんだよ。鯨真だって自分の恋人に他の男が抱きついたら嫌じゃねぇのか」
ぐっと詰まって悔しそうな表情のまま、鯨真は投げやりに言った。
「凜姉、もういいじゃない。俺なんか丸無視でさ、2人で喧嘩はじめちゃったんだから」
原因は鯨真のはずなのに、蜂散はツユキに怒ったのか。つまりは、そういいこと。
ちらりと様子をうかがえば、言い合うことも無くなったのか蜂散もツユキもついに黙り込んでしまっていて、2人の間には不機嫌な空気が漂っているだけだ。
できれば近くに居たくはないけど、こんなの世に言う痴話喧嘩。可愛いもんだ。本人達にそんな余裕はないだろうが、眺めるあたしには微笑ましい限り。
こちらを振り返ることを期待してかツユキを見つめていた鯨真だったけれど、あの怒った後ろ姿はこちらを向くことはなさそうだ。
かまってもらえない犬のような目つきを一瞬だけみせて、鯨真はカウンターに突っ伏した。
カウンターには蜂散だけがとり残されている。がっくりと落した肩に、ここまで聞こえてくるような大きなため息。
でも、情けない顔でため息をついてるのは、きっと蜂散だけじゃない。怒って奥の厨房に姿を消してしまったツユキだって、今は隠れて同じ顔してんだろうなぁ。
そういえば、あんなに感情をぶつけるツユキは見たことがない。
「なんか初めて見たな。ツユキがあんな大きな声で怒ってるの」
やっぱり、蜂散には違うんだな。
あたしがぽつんと落とした一言に、鯨真の手が固く握りしめられた。顔を上げないまま強張る肩。
それに気付いて、あたしまで切なくなって、優しく鯨真の頭を撫でた。
「なぁ、分かってんだろ」
くぐもった声は消えてしまいそうで、
「分かってる、分かってるよ。でもさ」

だからって諦められないよ