One two aaaand three!
「ツユキ、こんなに持っていってどうするの?さすがに多すぎて食べられないよ」
2つのバスケットの中に詰め込まれているのは沢山のお菓子。カウンターで鯨真さんがバスケットを覗きながら言う。
ドアのベルが鳴り、目を向けると凜子さんが入ってきて
「ねぇ、休みの札掛かってたけど、今日って定休日だっけ?」
と鯨真さんの隣に座った。
俺はバスケットにピンクのリボンを丁寧にかけていて、その手元を覗きながら凜子さんの顔に浮かぶ不思議そうな表情。
ますます分からない、と呟いて首を傾げる。
「こんな朝早くから鯨真もいるし、今日はどうしたの?」
「何言ってんの凜姉。今日は鯉壱の誕生日なのに!」
凜子さんはきょとんとしたあと目を大きく見開いた。
「え、もう13日なの!?」
「そうだよ」
やっとリボンをかけ終えたバスケットをカウンターの上に置いてみせる。
「鯨真さんと2人で作ったんです」
「おれ達からのプレゼントなんだよ。クッキーと、パイとマフィンとマカロンと、あとね、スコーン!」
誇らしげに胸をはる鯨真さん。どれも美味しく仕上がっていて、口には出さないけれど自信作だ。
「でもやっぱり多すぎるよ」
鯨真さんが唇を尖らせる。
「いいんですよ、これで」
は、と気づいたように立ち上がるとスカートを翻して凜子さんはドアノブに手をかけた。
「プレゼント持ってくるから待ってて!」
準備を終えて店を出たところで凜子さんが戻ってきた。
手にはラッピングされたぶ厚い箱。
「凜姉のプレゼントはなぁに?」
「本。鯉壱って本読むの好きだろ」
でも、と鯨真さんが首を傾げた。
「まだ本屋さんって開店してないでしょ?時間も早いし」
「うん、だから衣角さんの本棚から抜いてきた」
数拍遅れて意味を理解した俺は、びっくりして凜子さんを見た。いたずらっぽい笑みがかえってくる。
「衣角さんってさ、読みもしない本をかっこつけて本棚に並べてんの。揃った本をさ、眺めて悦に浸りたいだけなんだよ」
凜恋さんは続けて、さも当然のように言い放った。
「だからさ、あんなにある本の中から3冊抜いたところで気づかないって。一冊も読んだことないんだよ。
文字は読むためのもんだろ、飾るものじゃない」
歩き出した俺達の向かいから衣角さんが近づいてきた。不機嫌さを全面に貼り付けた顔。
「おい凜子、俺の本がない。3冊も、だ」
顔をしかめて人差し指を凜子さんの鼻先に突きつける。
「お前の仕業だろう。返せ!読みもしないくせに」
突きつけられた指にさえかまうことなく、凜子さんはしれっと言い返した。
「衣角さんだって読まないだろ」
「ふん、まぁな。だが、」
衣角さんは言葉を切って俺達を見回した。
その視線はバスケットに止まり、ラッピングされた本に止まり、そして少しずつおしゃれをした俺達に止まった。
「お前たち、そのバスケットやらはなんだ、ピクニックにでも行くのか?私に黙って行く気だな。仲間外れにするなんて。とんだ悪行だ、非情な奴らめ。
俺はついていってやるぞ、お前たちが嫌がろうと、どこまでもな」
声高に叫ぶ姿をみて
「衣角さんは言いたい放題言うくせに、仲間外れは大嫌いなんだ」
とこぼした鯨真さんの呟きに俺もこっそり頷いた。
「今日は鯉壱の誕生日で、あたしたちは今からお祝いに行くの」
少し考えたあと、衣角さんは口を開いた。
「鯉壱、というのはたまにカフェのカウンターでミルクティーを飲んでいるおかっぱ頭のマダラカガのことか?あの左利きの」
「衣角さん知ってるんですか?」
「知っているもなにも、前から気になっていたんだよ」
「え、もしかして恋!? いたっ!」
真面目な顔で言った鯨真さんをげんこつて殴って、その手をそのまま顎にもっていく。
「ふむ、そうだ。彼には聞きたいことが山ほどある。実に興味深い」
一人納得したように頷いて、
「少し待っていろ、お前たち。鯉壱の誕生日に私も当然参加だ。プレゼントを持ってくる」
戻ってきた衣角さんは渋い顔の烏有さんを連れてきた。
「烏有さんも来たんですね」
「こいつがうるさいからな」
うんざりした声に衣角さんがわめきたてたんだろうと簡単に想像がつく。
「衣角さんからのプレゼントはなに?」
「万年筆だ」
顔の横で小ぶりの箱を振る。驚いた様子で烏有さんは衣角さんを見た。
「おい、その万年筆ってのは俺が昨日買ってきたやつじゃないだろうな」
「昨日買ってきたものかは知らないが、少なくともお前の机の上にあったものだ。烏有にはもったいないほど洒落たデザインだったからな。
こういうものはお前のような愚鈍な右手が持つものではなく、鯉壱のような華奢な左手が握るのにぴったりなんだ」
烏有さんは何か言いたそうにしたが、結局口を開かなかった。ただ憎々しげに衣角さんを睨んだだけで。
「烏有さんは何か持ってきたの?」
「あぁ。切手とレターセット。これなら沢山あっても困らないだろ」
睨み合う2人を交互に見て、凜子さんは満足そうに笑う。
そして、なんだかんだ言って、烏有と衣角さんは釣り合いとれるようにできてんだ、俺にそっと耳打ちした。
みんなで歩いて来た水槽の底にはもう春が来ていた。暖かな日差しの下で丁寧に育てられた花が揺れる。
「俺がかけ声かけたらさ、みんなでハッピーバースデーって言おうよ!」
「いいな、それ」
凜子さんの声にもわくわくがにじむ。
「驚くだろうな」
「びっくりして飛びあがっちゃうかも」
「変なこと言うなよ」
にんまりと笑う衣角さんに烏有さんが釘をさす。
「ツユキもちゃんと言わなきゃだめだよ!」
俺の顔をのぞきこんだ鯨真さんが、ふと気がついたように言った。
「ねぇ、もしかして、こんなにお菓子もってきたのって」
小さく笑いかけて4人を見渡す。
「こうなると思って」
一呼吸おいたあと俺はベルに手をかけた。
せーの!
「鯉壱、ハッピーバースデー!!!!!」
睡蓮さん宅鯉壱さんのお誕生日に書いたもの。
鯉壱さん全然出てなくてごめんなさい!