いらない僕らの変奏曲


「鯨真さん!」
呼ばれた方に振り向けば、
「お忘れ物ですよ」
おれの前に駆け寄ってきたツユキの手にはオレンジ色のマフラー。
カフェに置き忘れてたんだ。どうりでなんだか寒いと思った。
ちょうど冬の真ん中を過ぎた今日みたいな日は
空はつきぬけて青くて明るいのに、地面の上は凍ったような空気が容赦なく体温を奪う。
怒ってるときの女の子みたい。
顔は笑ってるけど、目は背筋が一瞬で冷える冷たさ。
まぁ冬が何に怒ってるのかはおれは知らないけど。
俺と同じようにほっぺたを赤くしたツユキににっこりと笑いかけて、
「まいて」
頭を差し出すと、困った顔をしながらも、それでも丁寧にマフラーを巻いてくれた。
ツユキの白くなった指先が愛おしい。
冷たい風にさらされながらおれのために走って来てくれたんだ。
「嬉しそうですね」
「うん!」
ツユキが来てくれてマフラーまいてくれたから!
大きな声で言えば、やれやれというようなため息と一緒にツユキも笑う。

ツユキと別れた後、おれは小さな雑貨屋さんに入った。
お洒落な雰囲気のお店の中には色んなものが所狭しと並べてあって、その中からたったひとつだけを選びに来たおれはとっても贅沢。
だけどこんなにあるのにひとつしか選べないのって少し寂しい。
それぞれの棚を丁寧に眺めながらプレゼントになりそうなものを探す。
ツユキの誕生日はもうすぐだ。

プレゼント選びは次第におれを夢中にさせた。
なにより楽しい。
喜ぶ顔を思い浮かべるだけで胸がはずむんだ。
いつのまにか口元にも微笑みをきざんでしまう。
マグカップとかもいいけれど今年はディスプレイがいいな、
じゃあツユキのお店に似合う落ち着いたちょっとかわいいやつを。
ひとつひとつ手にとって、やっと選んだハナマキのぬいぐるみをレジに持っていった。

レジの女の子に手渡しながら、プレゼント用につつんで、と付け足す。
女の子は頷いて受け取ると優しい手つきでタグを切った。
包み紙を選んで最後の仕上げが可愛らしくされていくそれを眺めていると
「あ、破れてる」
ぬいぐるみの首が裂けて少し綿がはみ出していた。
おれあんなに見ても全然気づかなかったのに、やっぱり女の子ってすごいなぁ。
おれが口を開くまえに、店員さんは大きくにっこりした
「心配されなくても大丈夫ですよ。在庫がありますので取り替えてきますね、少々お待ちください」
え、でも、そうしたら
「その子、どうなるの?」
「これですか?」
きょとんとしておれが指先さしたぬいぐるみを持ち上げた。
顔を近づけて改めて破れている所を確認する。
「やっぱりこれだと、もう売ることはできませんので廃棄になるとおもいますけど」

はい、き
口の中で言葉が零れると、自分が小さくまだ名前も定かではない昔に味わったことがあるような
重い空気が肺を満たして呼吸をするのさえ拒むような
そんな、微かな苦み

胸の深い場所がつきりと痛んで
思わずおれは言っていた。
「取り替えないで」
「え、?」と驚き戸惑う店員さん。
「その子にするよ」
おれとぬいぐるみを交互に見て困った顔をする。
ごみにしかならない商品をくれなんて、確かにびっくりするだろう、
けど
「おれその子がいいんだよ」
もう一度呟いた声は思ったよりもずっと強く響いた。

ラッピングを断って店を出た。
店のベルの音が高い空に吸い込まれてく。
手の中にはぬいぐるみがいて、指先でその傷口を確かめた。
これくらいだったら、おれでもなおせるのに。
突然に切るような風がひと吹きしたけど、肩をすぼめただけで簡単にやりすごせる。
あたたかなマフラーを巻いている俺にはどんな寒さだって平気なんだ。

なおせる傷で価値がなくなってしまうのは、しょうがないけど
とってもかなしいから、おれのところへおいで
傷を丁寧になおしたら
その上からぴったりのマフラーをまいてあげる
おれにも巻いてくれる人がいるから、君には僕がまいてあげる


それにしても、
君と僕はとってもよくにているね