09


朝一番、カフェの扉のベルが威勢よく鳴って、木の床を歩くヒールの音がする。
「おはようツユキ!」
「おはようございます」
姿勢よく歩いてきた凛子さんがカウンターのいつもの席に座る。
そしていつものように新聞を広げて読みはじめた。
「モーニングどうしますか?」
カウンター越しの俺の声に凛子さんは新聞からは目をあげた。
「あっ、そうそう。今日のモーニングなんだけどさ、自分で作ってきたからいらないわ」
「ええっ!?本当ですか?」
あの料理が大の苦手な凛子さんが、人が食べれる料理を作ったなんて!
びっくりして白紙の伝票を持ったまま固まった俺を見て、真顔だった凛子さんは表情を崩した。
「う、そ! コーヒーとジャムトーストお願い」
伝票を俺の手から抜き取ると自分で書いてカウンターに置く。
「…はい」
なんだか力が抜けてしまって、こっそり小さくため息を落とした。
サイフォンを火にかけ、トースターのタイマーをひねろうとしたところで、今度は息を切らした鯨真さんが駆け込んできた。
「ねえツユキ!外見た!?桜の花びらが全部落ちちゃってる!!」
カウンターから身を乗り出すように言う鯨真さんに驚いて、
「ええっ!?」
慌てて窓に駆けよると、窓の外、街路樹の桜は青空の下で今日が待ちに待った満開。
振り向いて鯨真さんを薄目で睨む。
鯨真さんは凛子さんの隣の席に座りながら、コーヒーとベーコンエッグお願いと凛子さんの続きに自分で伝票を書いた。
もうひとつため息を落とすと、またベルが鳴った。
ドアに目を向けると、ふらふらと入ってきたのは夜刀彦さんだった。薄い足音で歩いたかと思うと、力なくカウンターに突っ伏す。
「…ごはん…たべたくない…」
元気のない背中はいつもよりも小さく見えて、慌てて走り寄り肩に手を置いた。
「だっ、大丈夫ですか夜刀彦さんっ!? 」
肩を揺すって問いかける。唸るだけで反応しない夜刀彦さん。
「もしかして風邪…おかゆだったら食べられますか?」
できるだけ優しく言うと、夜刀彦さんはがばりと顔をあげてはははと笑った。
「大丈夫だツユキ!ちょっと嘘ついてみただけだ!」
そう言うと夜刀彦さんは凛子さんとハイタッチ。いたずら成功と言わんばかりの高らかな音。
なんで今日はみんな揃って嘘を言うんだろう。なんでもいいからたくさんくれ!という夜刀彦さんの声を背に、いちいち引っかかる自分のどじさにのがっくりと肩を落としてカウンターに戻ると、厨房のカレンダーに目がとまった。
ああ、そうか。
またドアのベルが鳴る。
「みんなおはよう ツユキ今日からここでアルバイトしたいのだが」
「お断りします」
言葉が終わらないうちに冷たく返すと、
「まあ嘘だが」
ふんつまらん、と言って衣角さんもいつもの席に座ってメニューを広げた。
しばらくして、コーヒーを淹れていても、フライパンを握っていてもついてくる目に気がついた。
おしゃべりをしていても4人全員が俺を見ながらまだにやにやしている。きっとすぐひっかかる俺のことを、面白がっているんだろう。
我慢ならなくなってとうとう目の前に立った。
朝ごはんが待ちきれないと言わんばかりに4人がフォークを握ったまま俺を見上げてくる。
フライ返しは手に持ったままだったけれど、両手を腰に当て眉毛をぎゅっと寄せてで仁王立ちをして、
「もう!すぐ騙されるからってみなさん俺のことばかにして! 」
にやにやを続ける大人たちにとどめの言葉をさした。
「今日のみなさんのモーニングはなしです!!」
カランと軽い音がした。フォークが夜刀彦さんの手から滑り落ちている。
しまったというように顔を見合わせる凛子さんと衣角さん。
鯨真さんは小さな声で呟いた。
「…どうしよう…」
恐れおののくみなさんをみてると、なんだかとってもおかしくなってしまって、嘘のおもしろさがちょっと分かっちゃった気がする。
カウンター越しに笑いかけた。
「うそですよ。そんなことしたらみなさんはらぺこで死んじゃうでしょう!」


ハッピーエイプリルフール!
今年はツユキの勝ち
まひろさんのお家の夜刀彦さんをお借りしました