愛にスパイスをかけて


セピアが撃った拳銃は俺のこめかみをかすめて、背後の壁に大きな穴をあけた。
破裂音が体の中を駆け抜けて、今も指先がうまく動かせない。
脳内に焼付いた、セピアの鷲のような金色の瞳。縦に切れた瞳孔が細くなる一瞬。
目の中でフラッシュバックして背筋が冷えた。
俺はどこかで、セピアが引き金を引くことはないとたかをくくっていた。
だが予想は外れて、俺は思い知らされた。
すべて本気なのだ、この女は。自分が思っているよりも、ずっと。
いつのまにか固く詰めていた息を荒く吐き出して、切れた息を整える。そこでやっと頬まで血が垂れているのに気が付いた。
「びっくりした?」
セピアがさっきの冷たい目とは打って変った明るい目で俺を覗き込んでくる。
あまりの変化についていけずに、何か言い返そうとしても、うまく言葉がでてこない。ひとつため息でごまかして、俺は頬の血を拭った。
「ねぇ、そんな顔しないで」
にこにこと笑いかけてくるセピアを、俺は見ることができない。あの金の目を直視できない。
そらした目線でカウンターに置いてあるさっきの銃を示した。
「弾は、」
「はいってるわ。いつも満タンにね」
セピアは慣れた様子で銃を手に取ると、両手の中でもてあそんだ。
握ったり離したりを繰り返す。よく手になじんでいるようだった。握り方に無駄がひとつもない。
「モンスター相手に丸腰でいるわけないでしょ」
セピアがカウンターからぐっと身を乗り出し、俺の鼻先でニコリと笑った。
「あんたのことは本気で愛してるけど、私、あんたに喰われる気はないから」
自信たっぷりに言い放つセピアに眩暈がしそうだった。
やっぱりこいつのことは理解できそうにない。
「…じゃあ、さっきみたいなことされても、お前、平気なのかよ」
「殴られたりってこと?」
迷いながらの言葉にあっさり返されて、逆に俺が戸惑ってしまう。
セピアがじっと見詰めてきて、俺の言葉を待つ。まっすぐな瞳が痛い。
「その…幻滅したりとか、しないのかよ」
きょとんとした表情の後、一拍おいてセピアの顔いっぱいに広がる笑い。にやり。
「私に見限られたらさみしい?」
「んなわけねェだろ!」
なぜか大きな声で否定してしまい、あわててそっぽを向くと、セピアのにやにや笑いが俺を追って顔を覗き込んでくる。
あぁ、こんなこと聞かなけりゃよかった。
胸を詰まらせる肺の奥の重い空気を吐き出すように、深々とため息をついた。
指の細い手が俺の髪を柔らかくなでていく。
「心配しないで。私、かっこいいあんただけを好きになったわけじゃないから」
思わずセピアの方を見る。あっけにとられる自分の顔が見えるようだった。
セピアは愛しそうにこっちを見ていた。目尻がとろけた、やさしい、俺の苦手なこいつの表情。
たじたじになった俺が言えたのはこれくらいだった。
「気の強い女は嫌いだ」
その言葉に、セピアはまた表情を変え、挑戦的に、そして誰よりも明るく笑う。
「でも、あんたのために私を変える気はないの」
あきれる俺の鼻先に、セピアはかすめるようにキスをする。
「私を愛させてみせるわ」
無理だな、と言う俺の唯一の抵抗は、セピアの強い目を見てしまえば言葉にできず、俺はとにかくこの女が俺の手に負えないことだけは、はっきりと理解した。


睡蓮さん宅キャスケットさんをお借りしました。