愛に弾丸を添えて


目の前に座るキャスケットはすこぶる不機嫌。店に入ってきたときからそりゃもうすごい荒れてて、ドアを蹴破るような勢いで店に入ってきた。
私は洗い物をしてたから、その時は音しか聞いてないけど、あの音は確実に蹴っていたと思う。最悪。
今も、誰もいないカウンター席の、いつもの席に座って頬杖をついたまま、キャスケットは正面に立つ私の方を一度も見ない。
「注文は?」と聞いても振り向かないし答えない。正直言って嫌な感じ。時々ため息をついてはこらえるようにぎゅっと目を閉じるのを繰り返している。
爪の長い指が、木でできたカウンターをせわしなくたたく音が、静かさの中にやけに響く。
キャスケットは私に話を聞いてもらいたいわけじゃない。そのためにここに来たんじゃない。分かっている。分かっているけど、
「大丈夫?」
カウンター越しにキャスケットの顔を覗き込むと、一瞬だけ目があった。でもしかめた顔はすぐそらされて、そっぽを向かれてしまう。
仕方なく私はキャスケットの横顔を眺めた。
横顔では嘘はつけない。
父さんが言ってた言葉は、私が大切にしているもののひとつ。どんな小さな気持ちも見逃さないように、私はキャスケットの横顔を視線でなぞった。
目は鋭く、何かに怒っているようだけど、口元はわずかに下がっている。強く引きむすんだ唇の下で、音が出るほど歯を食いしばっているのだろう。
こいつが私の店に来るのは、いつも心がすり減ったとき。
私で何ひとつ満たされることができないくせに、逃げ場のないこいつは結局私の店に来る。
来て、やっぱり満足できなくて、いらだちながら帰る。
振り向いてくれない彼女に、あきらめない私に、どうしようもない自分に、自分でもわからないまま、キャスケットは心をすり減らす。
「また好きな人に相手にされなかったの?」
手を伸ばして青い髪をなでる。鬱陶しげに払われても気にせず、短い髪をとかした。
「お前には関係ねェよ」
やめろ、と私の手首をつかむキャスケット。悔しそうにゆがむ口元。
キャスケットが私を正面から見据えて、やっと、その目が私をとらえてくれたと思った。
でも視線は私に焦点が合っていなかった。強く光る緑の目線は私を通り越してキャスケットの中に戻る。
目の前にいない相手を、目の奥で睨みつけている。
掴まれていた手を振り払って、またキャスケットの頭をなでようと手を伸ばした。
なだめるような声音で、彼の名前が口からおちる。「キャスケット、」
名前を呼ぶと同時に、ぼけていた視線の焦点が私に合わされた。やばい、この目は。
一瞬でキャスケットの怒りが膨れ上がり、爆発する。
「そんなふうに呼ぶな!」
いきなり大声で叫んだキャスケットに、伸ばしかけた手をはたかれた。急に息が詰まって、カウンター越しに胸ぐらをつかまれたのだと気が付く。
「お前に何がわかるっていうんだよ」
私の首元を締め上げながら喚くかわいそうな男。高い位置にあるキャスケットの顔を見上げれば、逆光の中で両目だけが異様に光っているようにみえた。
でも彼は、ギラギラと光る眼の中で彼は、本当はきっと泣いている。
私は指先で自分のベルトに挟み込んであるはずのものをさぐった。冷たい感触に脳の芯が冷える。
もう一度名前を呼ぼうと口を開くと、キャスケットはまた喚いた。
気づけば、キャスケットの視線は、また、私を透かしてしまっている。
「何も知らないくせに!!」
キャスケットの体が緊張し、拳を振り上げる。視界が冴える。右手の冷たい感触。
拳がおりてくるより早く、握っていた拳銃を突き付けた。
大きく見開かれる緑の目。ひるんだキャスケットの左目の上に銃口を強く押し付ける。
「分かってないのはあんたのほうよ」
口から出たのは、自分が思っていたよりもずっと冷たい声だった。
視界の端でゆっくりと降りていく拳。首元を締め上げる力もわずかに抜けた。
キャスケットを別人のように変えていた怒りが恐れにすりかわる。右目を覗き込めば、驚きに混ざっておびえた色が浮かんでいた。
そんな彼を見て、やっぱり私は、彼が愛おしいと思った。
一番はじめに出会ったとき、同じ拳銃を突き付けても、冷めた目をして見返してきたこの男が、あの時と違う反応をするこの男が、
哀れで、かわいくて、前よりもずっとずっと愛おしい。
でもだからこそ知ってほしいと思ってしまう。できない相談だと分かっていても。
「私をあんたのことが好きな、かわいいだけの女の子だと思わないで」
やっとキャスケットの両目が私をとらえる。おびえた緑。血が逆流するような懐かしい感覚。
「バカにすんなよ」
小さく笑って、引き金を、引いた。



睡蓮さん宅キャスケットさんをお借りしました。